太宰府の歴史スポット

Booやん
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太宰府天満宮だけじゃない、太宰府の歴史に基づいたスポットについての情報です!

現在の太宰府市には、1300年の昔、九州全体を治める「太宰府」という大きな役所が置かれ、500年の長い間、その役目を果たした。

今もその歴史をしのばせる太宰府政庁跡・水城跡・大野城跡・観世音寺・筑前国分寺跡・太宰府天満宮など、市内には数多くの名所旧跡が存在します。

道真くん
道真くん

太宰府天満宮だけではないぞ

太宰府歴史スポット

太宰府天満宮

学問の神・菅原道真を祀っている。901年右大臣から突然太宰府に左遷された道真は2年後この地で亡くなった。

その墓の上に建てられたのが天満宮で、現在の本殿(重要文化財)は、1591年(天正19年)の建築である。

心字池の橋の傍らには、室町時代の志賀社(重要文化財)があり、宝物殿には国宝や重要文化財の数々の宝物が納められている。

アクセス→西鉄「太宰府」駅下車徒歩約5分 /まほろば号「西鉄太宰府駅」

 

光明禅寺

天満宮の参道をのぼりつめ、右へ曲がると突き当たりにこの寺があります。

一般に、苔寺の名で親しまれているように、苔で陸を、白砂で大海を表現した庭と、石を配して”光”の字を書いた石庭、そして紅葉とシャクナゲの美しい寺である。

天神様と禅宗の教えが結びついた渡宋(唐)天神の伝承により、鎌倉時代に創建されたと伝えられている。

アクセス→西鉄「太宰府」駅下車徒歩約5分 / まほろば号「西鉄太宰府駅」

 

太宰府政庁跡

”都府楼跡”の名で親しまれている太宰府政庁跡は、九州全体を治める役所太宰府があった所です。

7世紀の後半から奈良・平安時代を通じて九州を治め、我が国の西の守りとして防衛を、また外国との交渉の窓口として重要な役割を果たしてきた。

現在も太宰府政庁跡の中心にはその大きさをしのばせる立派な礎石が残り、そこを中心に門や回廊、そして周辺の役所跡が復元され、公園となっている。

※元号令和との関連ある坂本八幡宮は、ここのすぐ側にあります。

アクセス→西鉄「都府楼前」駅下車徒歩約15分 / まほろば号「太宰府政庁跡」

観世音寺

『源氏物語』にも登場する観世音寺は、斉明天皇追悼のために天智天皇の発願によって建てられた寺であり、奈良時代に完成した。

古くは九州の寺院の中心的存在で、沢山のお堂が立ち並んでいた。

現在は、江戸時代初めに再建された講堂と金堂(県指定文化財)の二堂が往時をしのばせる。

また、日本最古の梵鐘(国宝)や、平安時代から鎌倉時代にかけての仏像(全て重要文化財)など数多くの文化財があり、楠の大樹に包まれた境内では、藤やアジサイ、萩などの草花が咲き、静かに季節が移る。

アクセス→西鉄「五条」駅下車徒歩約10分 / まほろば号「観世音寺前」

 

筑前国分寺跡

市の北西、四王寺山のふもとにある。奈良時代、聖武天皇は全国に国分寺・国分尼寺を建て、その中心として奈良の都に東大寺を建てて大仏をつくり、仏に守られた豊かな国を作ろうとした。

筑前国分寺もその一つで、現在は、塔跡の見事な礎石と、講堂跡、そして金堂跡に建てたれたお堂の中の平安時代後期の伝薬師如来(重要文化財)に昔をしのぶことができる。

尼寺はここから西300mの所といわれる。

アクセス→西鉄「都府楼前」駅下車徒歩約20分 / まほろば号「筑前国分寺」

 

水城跡

博多の方から来ると太宰府市に入ってまもなく道路や線路を横切って木立に覆われた丘が続く。それが664年、唐と新羅の攻勢に備えて築かれた防衛施設水城である。

その規模は全長1.2km、基底部の幅80m、高さ10mを超え、すべて人の手で築いた人工の土塁(土の堤防)である。

そして、名の通り海側(博多側)に幅60m、深さ4mの堀を造り、水を貯えた。

春日市、大野城市にも小規模な水城が残っている。

アクセス→西鉄「都府楼前」駅下車徒歩約20分 / まほろば号「特別史跡 水城跡 東門前」

 

大野城跡(四王寺山)

市の北に、なだらかに拡がる四王寺山頂にある山城。水城が造られた翌年の665年に太宰府の北の守りとして、南の備え基肄城(基山)と共に築かれた。

その形は朝鮮半島にある山城を手本にし約8kmにわたる土塁や石垣で山頂を囲み、その中に建物を。建てた。

現在も倉庫跡と思われる礎石が約70棟分、山中に点在している。

『万葉集』にも歌われた大野山は後に四天王が祀られ、その名が山の名として今に続いている。

アクセス→西鉄「太宰府」駅下車徒歩約60分

 

戒壇院

奈良時代、観世音寺に戒壇院が置かれた。

戒壇とは、僧尼として守るべき戒律を授ける所で、ここで戒を受けなければ正式の僧尼とは認められなかった。

戒壇はここの他に、奈良の東大寺、下野(栃木県)の薬師寺に置かれ、天下三戒壇と言われた。

本尊の盧舎那仏は平安時代末の作で、重要文化財である。

江戸時代に観世音寺を離れ、現在は禅寺である。

アクセス→西鉄「五条」駅徒歩約11分 / まほろば号「観世音寺前」

 

太宰府展示館

太宰府跡の発掘で出土した溝をそのまま公開すると共に、太宰府の歴史を紹介する資料を展示している。※月曜日休館

アクセス→西鉄「都府楼前」駅下車徒歩約15分 / まほろば号「太宰府政庁跡」

 

太宰府観光協会の資料から引用)

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